セミ類の樹幹着地における衝突許容型停止機構の可能性

― 飛行速度、低質量および昆虫外骨格の力学特性からの検討 ―

Possible Collision-Tolerant Landing Mechanisms in Cicadas on Tree Trunks: Implications of Flight Speed, Low Body Mass, and Exoskeletal Mechanics

この疑問を持ったきっかけは、身近な日常の中にありました。
夏の日に自転車に乗っていると、飛んできたセミが身体や自転車へぶつかってくることがあります。かなり驚きました。
こちらも移動しているため避けられず、これだけを見て「セミは障害物を避けるのが苦手だ」とは断定できません。
しかし、走る自転車と飛ぶセミが衝突すれば、それなりの相対速度が生じます。痛いです。
それにもかかわらず、ぶつかったセミが一回の衝突で大きな損傷を受けているようには見えません。
考えてみるとこれは少し不思議な現象と思い、セミが木へ止まる様子を観察していると、もう一つ気になる点がありました。

木の手前で十分に速度を落とし、脚から静かに着地しているようには見えません。
むしろ、体の前側を木へ直接ぶつけるようにして止まっているように見えます。
人や自転車にもぶつかる。
木に止まる時にも、ぶつかるように見える。
では、セミにとって「衝突」とは、私たちが考えているほど避けるべき事象ではないのでしょうか。
この疑問をきっかけに、セミの身体構造と飛翔について詳しく調べてみることにしました。


要旨

セミ類は飛翔した後、樹幹などの垂直面へ比較的高速で接近します。
実際にその様子を自分の目で観察すると、頭部を含む身体前方部を樹幹へぶつけるようにして停止しているように見えます。
では、本当にぶつかって止まっているのでしょうか。
セミの樹幹着地について、接触直前から停止までを高速度撮影し、頭部や前胸部、前脚などが触れる順番や、発生する衝撃量を定量的に調査した研究を探してみました。
しかし、確認した範囲では、この現象を直接扱った研究はほとんど存在しませんでした。

一方で、セミの飛翔に関する研究は存在します。
一部の年周期性セミは数m/s以上の速度で飛ぶことができ、飛行中に体軸を大きく変えて減速したり、後退飛行へ移行したりすることも確認されています。
また他の昆虫に視野を広げると、低い体重や外骨格の粘弾性的な性質、身体の変形を利用し、高速衝突を損傷なく処理している例が実験で確認されています。

そこで本稿では、これらの知見を組み合わせて検討していきます。
セミの樹幹着地は、接触前に速度をゼロにして脚を置く着地ではなく、空中である程度まで減速したうえで、残った速度を身体前方と樹幹との接触によって処理する衝突許容型着地(collision-tolerant landing)ではないか、という仮説です。
現時点で、頭部を意図的な制動器として使用していると断定できる証拠はありません。
ただし、高速度撮影と力計測を組み合わせることで検証可能な仮説といえます。

キーワード: セミ、Cicadidae、着地、衝突、外骨格、飛翔、バイオメカニクス


1. はじめに

自転車に乗っている時の衝突体験をきっかけに、セミの持つ衝突耐性や木への着地方法について興味を深めました。
走る自転車と飛ぶセミがぶつかる場合、お互いの速度が合わさるため、それなりの速度で接触することになります。
それにもかかわらず、セミは人間の感覚からすると意外なほど平然としており、大きなダメージを負う様子も見られません。
では、セミは元々衝突に対して強い耐性を持っているのでしょうか。

このような疑問を抱きながら観察を続けていると、木へ着地する際の動作にも気になる点が出てきました。
飛翔する動物が固体の表面に着地する場合、一般には接触前に減速し、残った運動量を脚などで吸収・処理すると考えられます。
実際、ハチなどの飛翔昆虫では、視覚情報を駆使して対象物への接近速度を調整する着地機構が詳細に研究されています。

しかし、セミが樹幹へ止まる瞬間を肉眼で観察すると、まったく異なる印象を受けます。
十分に減速してから脚を伸ばし、静かに樹皮へ触れているようには見えません。
むしろ体軸をそのまま樹幹へ向け、頭部や前胸部付近から直接接触し、ぶつかるようにして止まっているように見える場合があります。

ここで、自転車との衝突で感じていた疑問と一気につながりました。
セミにとって樹幹への衝突は、本来なら避けるべき「着地の失敗」なのでしょうか。
それともある程度の衝突は身体的に問題がなく、着地プロセス自体に組み込まれているのでしょうか。
本稿で検討したいのは後者の可能性です。

つまり、セミは接触前に速度を完全にゼロへ落とすのではありません。
ある程度の速度を残したまま樹幹へ接触し、その衝突も停止過程の一部として利用しているのではないか。
この仮説について、セミの飛翔能力、昆虫の身体構造、他種で確認されている衝突運動の観点から考察を進めていきます。


2. セミの飛翔速度

最初に確認したかったのは、セミが実際にどの程度の速度で飛翔しているかという実態です。
セミは決して低速のみで飛ぶ昆虫ではありません。
Oberdörster and Grant(2007)は、北米産セミの野外における飛翔速度を測定しています。
周期ゼミである Magicicada cassini や M. septendecim の平均速度は、約2.3〜2.4 m/sでした。
一方、年周期性の Tibicen chloromera では平均8.4 ± 1.36 m/sという数値が記録されています。
さらに Tibicen linnei についても、約7.0〜7.2 m/sでの飛翔が確認されています。

秒速8mという数値は、時速に換算すると約29kmに相当します。
小型の昆虫が飛ぶ速度としては、かなり高速といえます。
少なくとも、自分が肉眼で見ても明確に速いと感じる速度で飛ぶ種類が存在します。

ただし、このデータは分けて考える必要があります。
これらの測定値は巡航飛行や逃避飛行における速度です。
樹幹へ接触する瞬間の速度を直接測定した数値ではありません。
したがって、この研究結果から「セミが8 m/sの速度のまま頭部から木へ衝突している」と結論づけることはできません。
樹幹へ接近する過程で、どのくらい減速しているかは別の問題となります。


3. セミには接触前に減速する能力がある

では、セミは飛行の制御能力が乏しいため、結果として木へぶつかっているのでしょうか。
調べてみると、これも違うようです。
Bode-Okeら(2024)は、Tibicen linnei の自由飛翔を1000 fpsの高速度カメラで三次元計測しました。
実験に使用された個体の体重は1174 mgおよび1514 mgです。
この研究では、セミが飛行中に体軸の角度を大きく変更しながら減速し、約1 m/sの後退飛行へ移行することまで確認されています。

つまりセミには、翅の運動と身体姿勢を変更することで、自分から飛翔速度や移動方向を制御する能力がしっかりと備わっています。
そう考えると、「減速能力がないために木へ衝突している」と考えるのは無理があります。

むしろ考えたいのは、次のような可能性です。
「減速自体は行っている。ただし速度を完全には失わせず、そのまま樹幹との接触プロセスへ移行している」
十分な飛行制御能力を保有しながら、なぜ接触直前まで速度が残っているように見えるのか。
ここが、この着地メカニズムを考えるうえで重要な鍵となります。


4. 小型昆虫における衝突耐性

物体が衝突した際に処理しなければならない運動エネルギーは、次の式で表されます。

$$E = \frac{1}{2} m v^2$$

同じ速度である場合、質量 ($m$) が小さいほど絶対的な運動エネルギーは小さくなります。
この物理法則は、セミの着地を考えるうえで無視できない要素です。

ただし、「昆虫は軽いから高速で衝突しても平気」という単純な話にはなりません。
速度 ($v$) は二乗で効いてくるためです。
速度が2倍になれば、運動エネルギーは4倍に跳ね上がります。

そこで、もう一つ考える必要があるのが昆虫の身体そのものです。
昆虫の外骨格は、単なる硬い殻ではありません。
キチンとタンパク質を中心に作られたクチクラには弾性と内部減衰があり、変形することで機械的なエネルギーの一部を散逸できます。
昆虫の胸部や脚部などの外骨格構造では、このような粘弾性的なエネルギー散逸が実験的に確認されています。

つまり、小型昆虫が衝突に耐えられる理由を考える場合、二つの要因をセットで捉える必要があります。
身体が軽量であること。
そして、身体構造自体が変形して衝撃を散逸・処理できること。
人間など大型動物にとって危険な加速度や衝突であっても、小さく軽い昆虫においては同じ意味にはなりません。


5. 頭部衝突を運動に利用する昆虫の実例

ここまでの考察では、「セミは軽量であり外骨格の性質もあるため、多少の衝突には強いのではないか」という話にとどまります。
しかし、この仮説を考えるうえでもっと直接的な研究事例が存在します。
ゴキブリの研究です。

Jayaramら(2018)は、アメリカゴキブリが高速で走った状態から垂直な壁面へ移行する動作を高速度撮影しました。
そこで確認されたのは、かなり興味深い運動メカニズムです。
ゴキブリは壁の手前で止まり、そこから改めて壁を登るわけではありません。
前方への運動を維持したまま、頭部から壁面へ直進して衝突します。
商的な制御を通じてその衝突に伴う受動的なメカニクスを利用し、身体の姿勢を変え、そのまま垂直面での移動へ移行します。

つまり、この場合における頭部衝突は単なる失敗ではありません。
移動動作そのものの一部として使われています。
さらにこの研究では、頭部衝突時の反発係数が約0.22と計測されました。
この数値から計算すると、衝突前に持っていた運動エネルギーの約95%が散逸されたことになります。
研究者らは、この動きを外骨格が持つ受動的な機械特性を利用した運動制御として解釈しています。

もちろん、これはゴキブリについての研究事例です。
セミがまったく同じ仕組みを使っているという証拠にはなりません。
ただし、「昆虫が頭部との衝突を回避するのではなく、その衝突を運動の切り替えに利用することがある」という事実自体は、実験によって証明されています。
セミの着地を考えるうえでも、見過ごせない重要な実例だと感じます。


6. 低質量だけでは説明できない

もう一つ、昆虫の衝突耐性について大変興味深い研究事例があります。
蚊の研究です。

Dickersonら(2012)は、体重約2 mgの蚊に対して高速の水滴を衝突させ、その様子を高速度撮影で分析しました。
蚊は9 m/sにおよぶ水流の衝撃を受けても耐え抜き、直後に再び飛ぶことが確認されています。
研究者らは、強固な外骨格と極めて小さい質量が、この驚異的な衝突耐性に重要だと考えています。

ただし、この結果をそのままセミと樹幹との衝突にあてはめることはできません。
蚊と雨滴の場合、きわめて軽い蚊の身体自身が雨滴と一緒に移動します。
そのため、雨滴の運動量すべてを蚊がその場で受け止めるわけではありません。

対照的に、樹幹はほとんど動きません。
セミが樹幹へ衝突する場合には、セミ自身が持っている運動エネルギーを、自らどこかで処理する必要があります。
身体の局所的な変形。
外骨格への衝撃吸収。
脚による樹皮の把持。
翅や身体の姿勢変化。
樹皮側の微小な変形。
これらの要素をすべて合わせて考える必要があります。

そのため、セミが衝突に耐えられる理由を「身体が軽いから」だけで説明することは不可能です。
低質量だけではなく、接触する時の速度、接触している時間、身体の姿勢、外骨格の変形、そして脚による支持構造まで、複合的な条件を評価することが重要になります。


7. 衝突許容型着地仮説

ここまで調べて確認してきた内容から、セミの樹幹着地について一つのモデルを考えてみます。

飛翔中のセミは、まず視覚情報等を使って目標とする樹幹へ近づきます。
接触する前には、翅の打ち振りや身体姿勢を変えながら、ある程度まで空力的に減速する。
ただし、そこで速度をほぼゼロにしてから脚を置くのではなく、まだ前進速度が残った状態で樹幹へ到達する。

そして、以下の順番で止まっているのではないかと考えられます。

飛翔 → 減速 → 身体前方の接触 → 衝撃散逸 → 脚による把持

これが、ここで提案したい「衝突許容型着地(collision-tolerant landing)」モデルです。
もし最初に接触している場所が頭部であれば、自分たちが肉眼で見ている挙動は文字通り「頭から木へ突っ込んで、そのまま止まった」ように映ることになります。

ただし、ここはまだ分からない点でもあります。
頭部、前胸部、前脚のどこが最初に樹幹へ触れているのか。
セミを対象に、その瞬間を十分な精度で捉えた計測データが見つかっていないからです。
前脚が頭部より数ミリ秒だけ先に接触している可能性も否定できません。
人間の目では、その程度の微小な時間差は識別できません。

そのため、現時点で最も客観的に表現するなら、次のように整理されます。

セミは樹幹への着地時、接触前に完全停止するのではなく、身体前方との衝突を許容し、その機械的接触を停止・把持過程の一部として利用している可能性がある。


8. 「頭をぶつけて止まる」は成立するか

自分の肉眼で見た動きをそのまま日常的な言葉にするなら、「頭をぶつけて止まっている」という表現は、実際の見え方をかなりよく表していると感じます。
ただし、生物学的な論理として考察するなら二つに分けなければなりません。

  1. 「着地時に頭部が樹幹へ最初に接触することがある」という事実関係
  2. 「セミが頭部を制動装置として積極的、あるいは恒常的に利用している」という機能的定義

似ているようですが、意味合いはかなり異なります。
1の観点は、高速度カメラで着地する瞬間を撮影すれば比較的簡単に確認できます。
頭部、前胸部、前脚のどこが最初に木へ触れたのかを見ればいいためです。

しかし2を証明するには、それだけでは足りません。
頭部が接触しにくい条件にした場合、着地成功率が変わるのか。
頭部が接触した時としなかった時で速度の変化は違うのか。
発生する衝撃力はどう変わるのか。
そうした比較実験と定量解析が必要になります。

したがって「頭部衝突」は十分に検討する価値のある仮説です。
ただ、現段階で「セミは頭をブレーキとして使っている」と一般化してしまうのは早いと考えています。そこまではまだ分かっていません。


9. 検証実験

この仮説については、実験方法そのものは明確で組み立てやすいと思います。

樹幹、あるいは樹皮を模した垂直面へ飛んでくるセミを、側面と上方の2方向から1000 fps以上の高速度カメラで撮影します。
確認したいのは次の7点です。

  1. 接触100〜200 ms前からの飛翔速度
  2. 接触直前の減速度
  3. 頭部、前胸部、前脚の最初の接触時刻
  4. 接触前後の重心速度変化
  5. 接触後に脚が樹皮を把持するまでの時間
  6. 身体のピッチ角変化
  7. 衝突後の反発速度

さらに樹幹側へ小型の力センサー(ロードセル等)を設置できれば、衝突した時の力と接触時間も直接測定できます。

もし何度撮影しても、
頭部または身体前方が最初に接触する → その直後に重心速度が急激に低下する → その後で脚が樹皮を把持する
という順番になっているのであれば、かなり重要な結果となります。
衝突が単なる着地失敗ではなく、停止するための過程に実際の役割を持っている可能性が高まるためです。

逆に、高速度映像で確認した結果、接触直前にすでに大幅な空力的減速が行われ、さらに前脚が頭部より先に樹幹へ触れているのであれば、「頭をぶつけて止まっている」という肉眼での印象は否定されます。
どちらの結果になっても、この実験ならかなり明確に判定できます。


10. 結論

セミの樹幹着地について調べましたが、頭部衝突そのものを直接検証した研究は、現在かなり不足しています。
そのため、「セミは頭を木へぶつけ、それをブレーキとして止まっている」と現時点で断定することはできません。

一方で、周辺の研究から分かっていることも多く存在します。
セミには数m/sに達する高速飛翔能力があります。
飛翔中に自分で減速し、身体の姿勢を変えることもできます。
昆虫の外骨格には、変形しながら機械的なエネルギーを散逸する性質があります。
さらに他の小型昆虫では、頭部からの衝突を避けるのではなく、移動方法の一部として実際に利用している例まで確認されています。

これらをまとめて考えると、セミが木へ着地する時の動きを単純な「衝突事故」と考える必要はありません。
むしろ、「空中である程度まで減速し、残った速度を身体前方と樹幹との接触によって処理し、その直後に脚で把持する」という衝突許容型着地が存在する可能性が浮かび上がってきます。

最初の疑問は、夏に自転車へ乗っていてセミが身体や自転車へぶつかってきた体験でした。
かなり驚きましたし、痛かったです。
それでも小さな身体でこちらへぶつかり、大きな問題が起きたようには見えない。
そして木へ止まるセミを見ると、そこでも衝突を完全に避けているようには見えませんでした。
そこから、「なぜセミは、あの速度でぶつかって平気なのか」という疑問につながりました。

しかし調べていくと、問題は単にセミが頑丈なのかどうかだけではありませんでした。
もしかすると、小型の昆虫ではそもそも「衝突を完全に避ける必要がない」のかもしれません。
身体が軽く、衝撃を処理できる構造を持っているのであれば、空中で完全停止することだけが着地方法ではなくなります。
ある程度まで減速し、最後は接触そのものを使って止まる。
もしセミが実際にそうしているのであれば、私たちが「ぶつかった」と見ている動きそのものが、セミにとっては普通の着地なのかもしれません。

現段階では仮説の域を出ません。
ただし、十分に検証できる面白い仮説だと考えています。


参考文献

  • Oberdörster, U. & Grant, P. R. (2007). Predator foolhardiness and morphological evolution in 17-year cicadas (Magicicada spp.). Biological Journal of the Linnean Society, 90(1), 1–13. DOI: 10.1111/j.1095-8312.2007.00702.x.
  • Bode-Oke, A. T., Menzer, A. & Dong, H. (2024). Postural Change of the Annual Cicada (Tibicen linnei) Helps Facilitate Backward Flight. Biomimetics, 9(4), 233. DOI: 10.3390/biomimetics9040233.
  • Jayaram, K., Mongeau, J.-M., Mohapatra, A., Birkmeyer, P., Fearing, R. S. & Full, R. J. (2018). Transition by head-on collision: mechanically mediated manoeuvres in cockroaches and small robots. Journal of the Royal Society Interface, 15(139), 20170664. DOI: 10.1098/rsif.2017.0664.
  • Dickerson, A. K., Shankles, P. G., Madhavan, N. M. & Hu, D. L. (2012). Mosquitoes survive raindrop collisions by virtue of their low mass. Proceedings of the National Academy of Sciences, 109(25), 9822–9827. DOI: 10.1073/pnas.1205446109.